神経筋疾患では、手足だけではなく、呼吸に関わる胸・背中・お腹(横隔膜)の筋肉やのどの機能の評価と対策も大切です。手足の関節拘縮予防と同じく、十分な空気を吸ってはいて、常に肺と胸郭を適度に動かし、その可動域を保つことは大事で、生命に直接関わります。
神経筋疾患に必要な呼吸機能評価は
上記の結果と疾患の種類、これまでの肺炎などのエピソード、本人家族の希望を総合判断して、必要な呼吸ケアを指導します。患者さんの満足度がより高いとされる非侵襲的呼吸療法を続けるためには、以下のような適切な呼吸リハビリテーションを行っていく専門呼吸ケアが重要です。
鼻マスクやマウスピース、フェイスマスク類については、既製品、オーダーメイドなど15種類以上あります。このうち、患者にとって快適で、エア・リークが少ないものを選びます。昼間と夜間で使い分けることもできます。これをヘッドギアや、ソフトキャップ、バイトプレートで患者に装着します(文献2,3)。
人工呼吸器は、あらゆる陽圧式人工呼吸器の使用が可能ですが、外出や在宅に便利な携帯型としては、以下のようなものが普及しています。
・ 従量式人工呼吸器:PLV-100、T Bird VS、LP-10、PB-280
・ 従圧式人工呼吸器:BiPAP、オニキス、(T Bird VS)
医療スタッフは、NIPPVの失敗と対策を熟知しておきます(文献2,3)。導入の際に、教育や理解やコミュニュケーション方法を工夫し、根気強く行います。日中導入できても、十分な効果と睡眠が得られるまでに1か月位かかることが多いです。
筋疾患で、慢性肺胞低換気のため長期人工呼吸管理を行う場合、なるべくシンプルな条件にすることが大切す(文献3)。ICUで急性期やウィーニングの際に使用する SIMV や PEEP は呼吸仕事量を増すので薦められません(文献3)。通常assist control modeかcontrol mode が使われます(文献3)。神経筋疾患では、閉塞性肺疾患とは異なり、呼吸筋休息には、気道内圧(PIP)が15cmH2O以上必要です。現状の在宅人工呼吸療法において、気道確保と快適な安定した肺胞換気のためには、多くの場合、従量式呼吸器の方が優れています(文献3)。
器械本体
器械の正式名称は、Mechanical In-Exsufflator(別名 カフマシーン;cough machine、Emerson、MA, USA.)(図1)。MI-Eとも略します。自然の咳を補強するか、咳の代用をするカフマシーンは、米国エマーソン社製で、オートマチックとマニュアル両用型は大同ほくさんが輸入、マニュアルタイプのものはフジアールシーが輸入しています。
原理
原理は、気道に陽圧(最大+40cmH2O)を加えた後急速に(0.1秒位で)陰圧(最大-40cmH2O)に移行することにより、患者の気管支・肺に貯留した分泌物を除去するのを助けます。この陽圧から陰圧へのシフトが、肺から高い呼気流速を生じ、自然の咳を補強するか、咳の代用になる。気道に+40cmH2Oから-40cmH2Oまでの急激な圧下降を起こすことで、10L/秒の呼気流速を生じます。通常、健常人の咳が6~16L/秒なので、10L/秒はかなり効果的な咳といえます。
歴史
器械の開発の歴史は、1940年代後半、US Air Forceで化学兵器や毒ガスに対する治療機器としてカフマシーンの原型が作られましたが、気管切開がスタンダードになると、一時需要が減少しました。しかし、鼻マスク/マウスピース間欠的陽圧人工呼吸(M/NIPPV)の普及により、排痰のための需要が再び増加。Bach先生らの提案で、1993年唯一の市販の最新型カフマシーンが作られ、米国FDAに医療機器として認可されました。1994年、Bach先生の国際神経筋学会での来日講演をきっかけに日本でも関心が高まり、1995年7月には、厚生省に医療機器として認可され、厚生省筋ジス研究第3班(国立療養所兵庫中央病院院長高橋桂一班長)で臨床効果が報告され、日本でも使われるようになりました。
適応
適応は、神経筋疾患などで咳がうまくできない患者さんで、咳の最大流速ピークフローPCFが160L/min未満なら常時必要です。また、PCFが270L/min以下の場合、通常はカフマシーンを使わずに排痰できていても、上気道炎や術後に痛みや体力消耗、栄養不良、臥床などにより咳がうまくできないようになった時、カフマシーンが要ることがあります。喉咽頭機能低下例では、食べ物や薬をのみ込む際に、気管や肺に入ってしまうことがあります。安全に経口食を続けるために、酸素を使わずにルームエアで、パルスオキシメーターでの酸素飽和度が95%以上を保つように、こまめに肺の食物や粘液栓を除去します。95%未満になったところで、介助咳かカフマシーンを使って、痰や誤嚥した物を取り除き、再び95%以上になるまで繰り返します。
気管内挿管及び気管切開例の吸引にも有用です。映画スーパーマンで有名なクリストファー・リーブは、脊髄損傷後、気管切開による人工呼吸療法を行っていますが、ボストンから、Bach先生の呼吸リハビリテーションを受けにニューヨークへやってきました。そして、カフマシーンによる吸引の快適さを講演し、全米の医療従事者も驚き、この器械が普及していない地域での注文が殺到して、器械の値段は3倍にもなってしまいました。
気管切開や、気管内挿管をしていない患者さんでは、フェイスマスクを顔に当てて咳をします。フェイスマスクを通しての排痰は、患者さんが声帯などを閉じずに気道を開いて咳をするという協力体制が必要です。3~5才以上では通常使えるようになりますが、言葉を発せなくてもできた方もいます。すぐに使える方もいますし、数回の練習をして上手に使えるようになる方もいます。カフマシーンの呼気時に徒手による排痰介助を併用すると、効果が増します。自然の咳より、血圧や、脈拍、腹部への圧荷も少なく効果的な咳ができます。
使用方法
カフマシーンの使用方法は、患者を仰臥位から上体を45度から60度起こして、カフマシーンを、フェイスマスクか、気管内挿管チューブか気管カニューレに接続して、喀痰を吸引します.
カフマシーン本体の設定は、1~3秒間位の+40cmH2O の陽圧で十分な強制吸気を得た直後に、タイミングをあわせて、呼気時に1~3秒間陰圧-40cmH2Oにします。これを手動か自動モードで行います。痰は、1~数回の陽圧陰圧サイクルの後に、口の中かフェイスマスクや接続チューブまで上がってくるので、それを取り除きます。
かぜをひいた時の使用
実際、最も多く応用されるのは、かぜをひいた時です。慢性閉塞性肺疾患でも、神経筋疾患でも、痰づまり(mucous plug)によって急性呼吸不全になります。ここで、神経筋疾患では、吸気と呼気を適切に補助するトレーニング、必要な装備を行っていれば、PCFが低くても急性呼吸不全に陥りません。このような患者さんには、まずパルスオキシメーターを処方し、カフマシーンとM/NIPPVを2時間以内で使える体制にしておきます。かぜをひいて、痰が出てきたら、すぐにパルスオキシメーターを使用し、SaO2が95%未満になった場合
・ 肺の換気が低下しているので、M/NIPPVを使用します。
・ 原因の98%は痰なので、徒手かカフマシーンによる介助咳を行い、排痰します。
痰が出てきて、再び酸素飽和度が95%以上になるまで繰り返します。
これら低換気と痰をそのままにしていると、肺炎になってしまいます。
使用困難な方
使用できない例は、気胸の恐れのある肺実質病変を持つ肺気腫患者、気縦隔や気胸疑い、人工呼吸による肺障害のある患者さんです。患者さんと家族、介護者が、安全で有効にこの器械を利用するために、使用にあたっては医師にご相談下さい。
上記のような呼吸リハビリテーションを行える専門医療ケアシステムを充実させ、全国どこにいても患者さんが希望する生活を続けることが望まれます。
患者・家族用、また医療スタッフにも十分参考になる神経筋疾患のマネージメントの本が、今年9月に出版されました。